空を行こう 〜 ミュンヘン駐在編 〜

空を行こう 〜 ミュンヘン駐在編 〜

海外生活2カ国6年目。いろんな国を訪問し、いろんな経験をして、いろんな人と出会いたい。そんな想いを募らせるうち、いつの間にかここに至りました。本ブログでは、米ドラッカースクールMBA留学およびその後の海外経験を中心に記載しています。

【訪問国13:シンガポール】会社がPEに買収され事業開発と駐在の夢が一瞬で潰える話

2012年から2014年までほぼ毎月のように出張し、東南アジアのネットワークインフラ事業開発に明け暮れていました。最終的には会社がPEに買収されたことで僕の活動全てが凍結となり、夢も希望も一瞬で潰える結果に。ここでは、入出国回数が最多20回、滞在日数3位となったシンガポールでの、そんな苦い思い出について記載しています。

目次

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会社新設をサポートしてくれた法律事務所からの眺め

 

事業開発に明け暮れ、シンガポール駐在に思いを馳せる日々

もう7, 8年も前のことです。前職で、東南アジアのインターネットトラフィック爆発を機会と捉え、会社の同僚とネットワークインフラ関連の社内新規事業を立ち上げました。詳細は書けませんが、シンガポールに新会社を設立し、自ら経営に関与する傍ら、東南アジアを飛び回り顧客開拓を行うなど多忙を極めていました。

一方でそれはとても楽しい時間でもありました。自ら立ち上げたプロジェクトがどんどん成長し、人も予算も増えて社内外からの期待も膨らんでいく。そして何よりも、勝手ながら、東南アジアの経済発展に貢献するんだという使命感に燃えていたため、熱量が半端ありませんでした。
(橋下さんのいう「完全燃焼」に向かっていたのは間違いありません🔥)

sky5.hatenablog.com

 

ほぼ毎月出張し、月の半分をシンガポールジャカルタで過ごす2年間。会社の都合でなかなか駐在できませんでしたが

いつか家族帯同でシンガポールに駐在する!

と、住む場所や娘が通う学校などを調べ、駐在生活の下準備をしていました。

シンガポール国立大学(NUS)周辺が以下写真のように緑も多く比較的のんびりした雰囲気。以前住んでいた米国クレアモント市の雰囲気に近いこともあり、このあたりに住む目論見でした。

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観光は全て家族を連れてきてから!と、休日も観光らしい観光はほとんどしていません。覚えているのは、マリーナベイ・サンズに一応登ったことと、休日セントーサ島のビーチ🏝に何度か行って、ビールを飲みながら残務をこなしていたことくらいでしょうか。

 

ベンチャー開拓にも力を注ぎ、人的ネットワークも拡大

新規事業の拡大と合わせて、東南アジアのベンチャー開拓にも力を入れていました。

当時はちょうど、東南アジアのスタートアップハブ的役割を担うシンガポールに、世界各国から投資が集まってきたタイミング。ベンチャーキャピタルを兼務する僕は、資本業務提携も画策し奔走します。

日本の既存事業や僕の新規事業と組めそうなテクノロジーを持ったベンチャーの方々、そしてそれを支援する政府やベンチャーキャピタルの方々など本当にいろんな方々とお会いさせて頂きました。お陰で、投資を絡めた事業拡大構想も徐々に固めていくことができました。

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会社がPEに買収され、夢は一瞬で潰える 

そんな中、夢は一瞬で潰えました。僕の会社がプライベートエクイティ (PE) に買収されたのです。

PEとは、買収した会社を数年かけてお化粧し直し、他の事業者に高値で売却して利益を得る会社。PEから見たら「新規事業」や「投資」と名のつく足の長いプロジェクトは不確実性の塊に映ります。僕の事業開発自体は順調だったにも関わらず、当然と言わんばかりに「凍結」との判断が下されました。

こればかりはどうしようもありませんでした。リスクの無い新規事業なんてものは存在しないからです。支援を続けてくれていた経営層も新株主の方針には逆らえず、僕らは已む無く東南アジアから撤退することになりました・・・

 

時々このように思います。

  • もしPEでなく、最終ビッドまで残っていた他の商社系の会社がビッドに勝っていたら、僕は家族とシンガポールに住みその事業を牽引していたのかもしれない。
  • でも、そうするとリクルートへ転職することもなければ、ミュンヘンに家族と来ることもなかったのか?

あの時はこれ以上ない悔しさや無力感で一杯だったのに、結果として、今僕は家族とここで幸せに暮らし、新たなチャレンジができている・・・。運命とは本当に不思議なものです。

ただ一つ言えることは、当時、僕の全エネルギーを投下していたので後悔は全く無いということです。橋下さんの「結果ではなく完全燃焼したかが重要」という話を聴いていてこのことを思い出しました。

 

その後リクルートに転職してからも東南アジアのプロジェクトにだいぶ関わらせて頂きました。お陰で当時お世話になった人たちとつながりを保つことができたのは幸いでした。最近少しご無沙汰ではありますが、このつながりは今後も大事にしていきたいと思っています。

 

(おまけ)シンガポール出張中のトラブル

他の東南アジア諸国と比べると、シンガポールは断然安心感があります。言うなれば、日本と同様の考え方でいても、概ね何が起こるか予測できるのがシンガポールではないかと。例えばシンガポールではタクシーに行き先を伝えれば、メーターが正確にまわり適切な道で目的地に向かってくれるので、僕が疲れている時にはうたたねも可能です。一方、ジャカルタでは、目的地に正しく向かっているかをGoogle Mapで確認し、おかしな料金を言われないようにメーターを確認する必要があり、全く気が抜けません。ですので、いつも周辺国からシンガポールに戻ってくるとホッと安らぐ気がしました。ただ、そんなシンガポールでも一度だけトラブルに遭遇したことがあります。

 

ハイウェイでタクシーがパンクしたのです。

実はその日、シンガポール航空の深夜便で帰国予定だったのですが、425分遅延すると連絡を受けていました。要は朝まで飛ばなかったわけです。ただ、シンガポール航空と交渉してホテルを獲得する必要があり、チャンギ空港に向かっていた時のことでした。

何やらタクシーを路肩に寄せて停まる運転手さん。何でもパンクしたとのことで、ロードサービスに電話する必要があるとのことです。「車内カメラであなたたちは見えている、安心してください」と言われ、さすが監視国家シンガポールと思ったものの、追突される危険に身を強ばらせながら待つ15分は結構恐怖でした。今から思えば無理にでもタクシーを降りて路肩のさらに奥に移動するべきでした。

ようやくロードサービスが到着し安堵したのも束の間、タクシーに乗ったままレッカー移動されることに💧 さらに15分くらいかけて辿り着いた下道の真っ暗なサービスステーションで降ろされたことを覚えています。幸い別のタクシーが通り拾ってくれたためことなきを得ましたが、まだタクシーアプリも使いこなせていなかった頃なので夜間の田舎道で立ち往生していたらと思うと怖い経験でした。

空港に到着して、シンガポール航空から宿泊ホテルを勝ち取るまでも時間を要しました。残っているエネルギーを全て失ったように思います。

その後、タクシーで中心地までとんぼ返り。翌朝便だったので仮眠をとり3時間後にまた空港に向かってタクシーに乗っている自分がいました。(諦めて空港の椅子で寝たほうが良かったのかも!?)

無事帰国できたものの週末はずっと寝ていたように思います。

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タクシーの中からロードサービス到着を撮影

 

(おまけ)日々の思い出:バス・地下鉄 / ロングバー / チャイムス など

世界のどの都市に行っても、少しでも多く現地に触れるため地下鉄やバスを使いたいものです。

ただシンガポールのバスは難易度が高かった…支払い周りはEZ-linkカードを持っていれば問題ないのですが、問題は目的の停留所で降りること💧 バス内では停留所を全くアナウンスしてくれないのでアプリとずっと睨めっこする必要がありました。それでも、片方向しか停車しない停留所もあって希望の停留所がスキップされることもありよく失敗していました…

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当時開通したばかりの地下鉄 Downtown Lineは大江戸線と同レベルの地下7階。その後42階のオフィスへエレベーターへ移動すると計49階上方移動、といった具合。土地が狭いシンガポールでは、空間の有効活用に垂直拡大が必要ですものね。インドネシアから土を購入し、少しずつ土地を広げるという涙ぐましい努力もしているようです。

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とある会社の社長さんに本場ラッフルズホテル・ロングバーに連れていって頂き、シンガポールスリングを頼みました。この3杯だけで120 🇸🇬ドルとか払った気がします😨

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チャイムスは綺麗ですし待ち合わせなどにも使い易いこともあり、何度も食事しました。

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いつもホテルはオーチャード通り。どこに行くにも移動が楽、特に僕らのオフィスがバスで一本だったので。

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いつか日本に帰った後、今度こそ家族を観光でシンガポールに連れて行きたいと思います。やっぱりマリーナベイ・サンズに家族で泊まって56階の天空プールから夜景を見てみたい。あとは、ガーデンバイザベイ、セントーサ島、ユニバーサルスタジオ・シンガポール…etc.  楽しみです〜

 

【書評】異端のすすめ - 強みを武器にする生き方 - 橋下徹

橋下徹・元大阪府知事は僕の高校の先輩にあたります。彼の存在を知ったのは「行列のできる法律相談所」にレギュラー出演してからですが、大阪府知事就任以降の彼の活躍は、常に僕に刺激とプレッシャーを与えてくれるものとなりました。自分も彼のように日本や世界を変える影響力を持てるよう、もっと努力せねばと。

目次

 

購入のきっかけ:高校の先輩の活躍を支える思考法を理解したい

今回「異端のすすめ 強みを武器にする生き方」を手にしたのは、高校の先輩でもある橋下さんの活躍の背景にある思考法を深く理解して、少しでも追いつきたいと思ったためです。

結論から言うと、僕の持論工場における生産管理・品質管理を向上させる必要があります。行動してチャンスを掴むという大枠の生き方は近くても、常に持論を組み立て磨き続けていく意識でいないと、チャンスを掴んでも得られるものや成果が最大化されない。ここに大きな差があると思い、改めて精進していかねばと思った次第です。

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さて、気を取り直して。前回 「【書評】ハック思考」でもご紹介しましたが、僕はAmazon Audibleの会員(月額1500円)で、ランニング中にいつも読書をしています。月に1冊オーディオブックを購入できることに加えて、News Picksアカデミアという著名人のインタビューやセミナーが聴き放題の会員特典もあり、とても重宝しています。

ちなみに本を読み切ったとしても返品可能な仕組みになっています。一度ある本を7割くらい聴いたところで、頑張って聴き終わろうとしている自分に気づき返品しましたが何のお咎めもありませんでした。

毎月コインが届き、Audibleのページに誘導されるのですが、そこにはAmazonKindleでの購入履歴に基づいた「あなたへのおすすめ」が紹介されています。そこで橋下さんの著書が目に入り、上記の理由からその場で購入を決めました。

Audibleはどの本もゆっくり朗読してくれるため、初回は1.3倍速で聴き、2回目は2倍速超で聴き復習するというパターンです。「異端のすすめ」は4時間半の朗読でしたので、ランニング2回で初回を聴き終え、3回目のランニングで復習することになりました。

Audibleを始めてから、ランニングというよりは読書をしている感覚なので、タイミングが悪いとわざと遠回りしてしまって走る時間と距離がどんどん伸びていきます・・・。 お陰で太れません。

Audible (オーディブル) - 本を聴くAmazonのサービス

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強みの掛け算で「自分にしかない価値」を手にする

いろんな方が言っていますが、橋下さんも強みの掛け算で自分にしかない価値を手にしろと説きます。彼自身は、弁護士、タレント、知事、市長、国政政党代表の5つを掛け合わせることで突き抜けることができたと言います。

  • しかし僕は、自分が特別だとは考えていないし、皆さんにそう考えてほしくもありません。僕もいくら努力しようとも天才弁護士には敵わないし、一流タレントになれる訳でもない。政治家として、巨大な与党自民党の中で権力闘争に勝ち抜き、大臣や総理大臣になれるような能力もありません。ただ、五つの強みを掛け合わせることで、そこそこ突き抜けることができました。

橋下さんの強み一つ一つが既に半端ないというのはさておき、考え方としては非常によくわかります。僕の場合で言うなら、

という掛け合わせでしょうか。

例えば、投資・ファイナンスという観点では証券会社や監査法人出身の人には敵いませんが、僕は現場での事業開発を山ほど経験してきているので、投資起案者の想いや思考、投資計画への血の通わせ方などを理解したうえで投資プロジェクトを推進・管理することができます。これに幾ばくかの海外経験が掛け合わされて、当時のリクルートに「海外投資案件において上手く事業サイドに伴走してくれそう」と採用されたのだと思います。

その後、東京とミュンヘンでの業務で、グローバル視点を強化するとともに経営目線も獲得してきた、と考えるともっといろんなところで戦えるかもしれないですね。もちろん個々のスキルにおいて磨く余地は幾らでもあるのですが、掛け合わせることで生まれる価値こそが希少で最重要だと思うので、今後もその掛け合わせの接点にフォーカスして自身の価値を高めるよう努めていきたいと思います。

ちなみに橋下さん自身は今でも自分を定義せずいろんなことに挑戦して強みを増やす努力をしているそうです。僕も日々目の前を通っていく様々な機会を掴み、もっと幅を広げていきたいと考えています。  

 

迷ったら「大胆なほうへ」前進せよ

橋下さんは「チャンスを掴む力をつけるには行動しかない。人生の選択で迷ったときには、選択肢の中で一番大胆な道を選ぶべき」と説きます。

僕もそうですが、これは意外に実践している人が多いかもしれません。

  • 前進か現状維持なら、前進
  • 今までやったことのない道かやったことがある道なら、やったことのない道
  • 楽な道かしんどい道なら、しんどい道

橋下さんが「ラジオ生放送への急な出演依頼を不安ながらも受けたことからタレントへの道が開かれ、府知事という人に非難され収入も減る道を選んだことで今がある」と語っているだけに、上の言葉には説得力がありますよね。

僕の場合は、海外MBAリクルート転職、と節目節目で一番しんどい道を選んできた気がします。前職の多くの人からは、リクルートで投資なんて担当したら死ぬぞ、とよく脅されましたから…

何歳になっても、迷ったら大胆な道、苦労する道、を選び続けたいものです。

 

自分の中に「持論工場」を持て

橋下さんの一番の魅力は、誰と何の議論をしていても軽快に持論を展開していくところではないでしょうか。相手を言いくるめて議論に勝つというよりは、誰に何を言われても論破されない鉄壁の守りがあるような印象です。

彼自身もこの強みは自認していて「自分の意見を持てば、ゆらがない」と言い切っています。これは自身の「持論工場」で20年間培ってきた賜物らしく、この工場では毎日以下を繰り返しているそうです。

  • 日頃から様々なことに対して必ず自分の意見を持つ
  • わからない部分がある場合は勉強して理解を深める
  • 意見をアウトプットして、他者の反応をみたり、他者とぶつかったりして意見を磨いていく

特に最後の箇所は、受容性が強みの一つでもあり、他者と意見を戦わせるのが好きでない僕にとっては、意識して自身の持論工場に組み込まないといけない工程と言えそうです。

 

最後に:その時々で完全燃焼し、納得できる人生を送る

彼はメディアなどで人生論を語るとき「完全燃焼」という言葉をよく使いますが、本書でも以下のように語っています。

  • 納得感は、お金持ちになったかどうか、成功したかどうか、結果を出したかどうか、目標を達したかどうか、ではなく、自分のエネルギーを出し切って完全燃焼したかどうかで決まります。
  • 自分が納得できる人生、完全燃焼できる人生をぜひ自分の手で切り開いていって欲しいと思います。

最後の章でも、行動とチャレンジの必要性を再確認して本書を締めています(一部抜粋)。

  • 今この時を一生懸命に生きる姿勢の積み重ねこそが、未来を決していくのです。運が巡ってくるかは神様ではなく自分の生き様が決めるものです。
  • その時々で常にチャレンジし、全力を尽くし、ひたすら前進してきたという自負はあります。だからチャンスが向こうからやってきてくれたし、その瞬間にチャンスを掴み取ることができたと思っています。
  • 僕をここまで運んできたのは、明確かつ具体的な人生設計ではなく、常にチャレンジしチャンスを掴み取ってきた行動力だったと思います。
  • これからの日本を担っていく皆さんも、行動とチャレンジあるのみで、まだ見ぬ世界をどんどん体験して言ってください。道中には大変なことも山ほどあるかもしれませんが、その都度自分にとって最良と思える選択肢を選んで精一杯やってみてください。

今回改めて橋下さんの人生論を聴くことで、少しの勇気と改善方針の示唆を頂きました。

これからも大先輩の背中を追いかけながら、納得のいく人生を送れるよう日々の出会いに向き合い、掴んだチャンスにおいて完全燃焼できるよう頑張って行こうと思います〜

異端のすすめ 強みを武器にする生き方 (SB新書)

異端のすすめ 強みを武器にする生き方 (SB新書)

  • 作者:橋下 徹
  • 発売日: 2020/02/06
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【訪問国12:イギリス】ロンドン / ストーンヘンジ観光 / オクスフォード交換留学

コロナ拡大直前の年末年始、家族でアイスランドとロンドン近郊を回ってきました。アイスランドでのオーロラチャレンジは別記事に譲ることにして、ここではロンドン / ストーンヘンジ観光、及び、一昔前に参加したオクスフォード交換留学などについて触れています。 

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ストーンヘンジ

ストーンヘンジ / オクスフォード / クライストチャーチ

ドイツにいるうちに北欧でオーロラをみたい!ということで、幼い子供がいても観光とセットでオーロラチャレンジができるアイスランドをこの冬の目的地にしました。そして妻がイギリス未訪問だったり、ブリティッシュエアウエイズのマイルが余っていたりしたことから、ロンドンを経由してアイスランドに飛ぶことに決定。

 

観光初日は レンタカーでロンドンからストーンヘンジ、オクスフォードをぐるっと回ってくる計画です。安価なコンパクトカーを予約したのに、キレイな赤のベンツ🚘で一日ご機嫌にドライブできたのは予定外でしたが💪

 

ヒースロー空港ホテルから、2時間弱のドライブで、ストーンヘンジが見えてきます。かなりだだっ広いところにありますね。

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天気はイマイチでしたが、ロンドンはいつもこんな感じで雲に覆われている印象です。

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周囲をぐるっと回ったり、ビジターセンターのミニ博物館を覗いたり、のんびりしていて予定時間をだいぶオーバーしてしまいました。そろそろオクスフォードに向かわねば。

 

しかし時既に遅く、到着時にはクライストチャーチは閉館していました・・・😢

ハリーポッターの舞台として有名なDining Hallはもともと年末年始ということで休館だったのですが、大聖堂にも入れなかったのはちょっと残念でした・・・。

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気を取り直して、目の前にある不思議の国のアリスショップで、入館料で浮いた分をお土産に回そう!と買い物です。娘たちはここで満足👧

そして僕も懐かしのオクスフォードの街を散策!と思ったのも束の間、娘たちの

お腹減ったー疲れたー

という声に負けて断念。巨大ショッピングモール Westgate Oxfordでディナーにしました。ミュンヘンには無いくらい大きく綺麗なモールで、家族でとても楽しめました。
ユニクロ見たの何年振りだろう!?)

12年前に訪れたセントピーターズ・カレッジや当時みんなで通っていたバーなども近くにあったのですが、そんなのお構いなしに「帰る!」と大合唱する娘たち👧。

翌日も予定が詰まっていたこともあり、将来再訪しのんびり回ることを誓って、その日は帰路につきました。。

 

ビッグベン / ロンドンアイ / ハリーポッターショップ / 大英博物館

今日のメインはハリーポッターショップと大英博物館ヴィクトリア駅の荷物預り所に荷物を預けて、地下鉄やバスで市内を移動します。

 

ビッグベンはこんな格好になっていました🤣

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ロンドン・アイ👁 相変わらずの曇り空です

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ウェストミンスター寺院に寄って、地下鉄でキングスクロスに移動

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娘たちのお目当て、ハリーポッターショップに到着です。写真右手の大混雑は、映画に出てくる "壁をすり抜けるカート"と写真を撮るために並ぶ人々。もともと1−2時間待ちとの情報だったので予想通りと早々に諦め、ショップに並びます。こちらも30分待ちで、店内もコロナ禍の今では考えられないほどの大混雑でしたが、御目当てのパーカーや魔法の杖、百味ビーンズなどなどたくさん買えたので娘たちも大満足でした👧

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お腹が減ったということで中華街に寄って遅めのランチで腹ごしらえ🍲

そうこうしているうちにまた時間が・・・。急ぎ足で大英博物館に向かいます。

最終17時のところ、16時半にはなんとか入館し今度はセーフ。入館後はゆっくりできましたが、もっと余裕を持って行動したいものです。

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ロゼッタストーン

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12年前にも留学仲間と訪問したはずですが、ロゼッタストーン以外ほとんど覚えていないという・・・

12年前も、大英博物館の時間を削ってアスコット競馬場へ👇。神様に怒られる扱いですよね・・・

sky5.hatenablog.com

 

#この後、アイスランドに渡り、年越ししてまたイギリスに戻ってきます。

 

テムズ川クルーズ / ロンドンブリッジ / タワーブリッジグリニッジ天文台

テムズ川水上バスはのんびり観光できてオススメです。タワーブリッジを下から眺めるのも迫力ありますしね。今回は、Greenwich PierからLondon Bridge City Pierまで乗りました。

 

途中のCanary Wharf駅。以前出張でこの辺りにホテルを取りましたが、テムズ川に囲まれた素敵なエリアです。

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タワーブリッジ

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ロンドンブリッジ

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ロンドンブリッジから眺めるタワーブリッジ

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また中華街で食事をして帰路につきました。

イギリスで美味しいもの食べた記憶があまりなく、いつも中華に引き寄せられます・・・

 

最終日はグリニッジ天文台を観光してきました。少し高台にあるため見晴らしが良く、のんびり散歩できたので良かったです。

娘たちは二階建てバス🚌の二階最前列がお気に入り。行きも帰りも、予定していたルートが1階建バスだったときはスルーして、少し時間が掛かっても別ルートのを二階建てバスに乗りましたとさ。

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結局ロンドンの4空港( LHR / LTN / LGW / LCY )を利用して帰国

希望したわけではなかったのですが、 アイスランドレイキャビック往復のLCCの関係上、ロンドンでは4つの異なる空港を使うことになりました。

  • ミュンヘン(MUC)→ヒースロー(LHR)→ルートン(LTN)→ケプラヴィーク(KEF)
    →ガトウィック(LGW)→シティ(LCY)→ミュンヘン(MUC)の順

それぞれ中心から全然別の方角にあって移動には時間がかかるのですが、それらの移動を最適化するホテルや交通手段の設計から現地での移動まで、とても楽しめたように思います。

 

そんなこんなで霧の中、無事ミュンヘン国際空港に戻ってきました。

楽しく充実した冬休みでした〜。

(この旅行を最後にコロナ蔓延期に突入。ドイツに閉じ込められることに・・・😫)

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(おまけ)オクスフォード交換留学

2007年7月 初渡英。米国留学中、交換留学プログラムに参加し 英オクスフォード大学を訪問する機会に恵まれました。バックグラウンドが全く異なる30人のクラスメイトと寮に泊まり、朝から夜まで共に過ごす3週間は、とても貴重な経験となりました。

以下👇6つの記事で、交換留学プログラムの概要を紹介しています。ご興味あればどうぞ!

sky5.hatenablog.com

交換留学当時、欧州はアジア最遠の地という感覚が拭えず、まさか自分が欧州に駐在することになるとは夢にも思っていませんでした。人生わからないものです。

 

(おまけ)ケンブリッジ観光:シェンゲン協定に加盟していないイギリスに避難

ミュンヘン赴任前、日本からの出張でミュンヘン滞在が長くなり過ぎて、観光ビザでは「あらゆる180日間における最長90日滞在まで」というシェンゲン協定ルールを守るのに苦心していました。(→このシェンゲン計算機もすごい役に立ちました)

残り日数がかなりギリギリだったこともあり、ミュンヘン出張中の土日に
協定外のイギリスに避難して日数を稼いだ
ことがあります。

2017年12月 これが2回目の渡英でした。

この時ちょうど部署の後輩がケンブリッジMBA留学中であり、ケンブリッジの街を観光案内してもらいました。ニュートン輩出の地だけあって(?)、オクスフォードとは少し異なる荘厳な雰囲気で趣がありました。

 

現在、過去を振り返って訪問した国を確認中。イギリスの次に訪問した国はシンガポールでした!

sky5.hatenablog.com

 

【ミュンヘンから日帰りドライブ】ノイシュバンシュタイン城・ヴィース教会へ

秋休みを利用してノイシュバンシュタイン城とヴィース教会に日帰りでドライブしてきました。僕個人としては3度目ですが、何度訪れても街や建物の美しさに魅せられ、大自然に癒されます。行き方と所用時間、写真などを記録しておきますのでご参考にどうぞ!

目次

前半:マリエン橋から眺めるノイシュバンシュタイン城 (観光所要時間 全2時間半)

朝9時10分出発。ミュンヘンから南西に95号、23号を走行し、途中工事で道幅が狭くなるところもありましたが、11時ちょうどに到着。駐車場はいつもここ(8ユーロ/日)。広くて車間にも余裕がありますし、ノイシュバンシュタイン城を見上げながら中心に向かう雰囲気も気に入っています。

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コロナの影響か、バスのチケット売り場が開いておらず、バスの運転手に直接運賃を支払い乗車(上りのみ:大人2.5ユーロ、子供無料)🚌。

バスが混んでいたら徒歩で登ることも考えましたが、平日だったせいか乗客は僕らを含め3、4組だけ。4人がけ席に余裕で座れました。実は昨年の夏休み、日本から遊びに来た姪っ子と長女を連れてきたのですが、中国人団体客と被り激混みだったんですよね・・・

下車後、バスの運転手さんに感謝の気持ちを込めて手を振ったら、マイク🎤で外に聞こえるようにドウモアリガト〜」と日本語で答えてくれ、次女も大喜びでした😀

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まずはマリエン橋に向かいます。

コロナ禍のため橋上は30人に人数制限されており、10分程度待つことに。今回、橋の中央に柵が出来ていて反時計回りに限定。人との接触は避けられましたが、被写体との距離が近過ぎて人物とお城の写真が撮り辛かったです。が、こればかりはしょうがないですね。

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ノイシュバンシュタイン城。何度来てもずっと見ていられる美しさです。

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後半:ノイシュバンシュタイン城 / アルプ湖 (観光所要時間 全2時間半) 

その後、徒歩10分くらいかけてお城に向かいます。

妻は独身の時に訪れて城内見学をしていたため、そして僕も過去2度入っていたため、今回は城内見学は行いませんでした。

今回コロナ禍のため、基本、チケットを購入していない人は、城門から先に進めませんでした。が、幼い娘がいたせいでしょうか。門番の方が「少しならいいよ」と入れてくれて、中も少し見れました。街、唯一の無料トイレも拝借・・・ラッキー🤗

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帰りはいつも徒歩で下ります。森の中を30分程度散歩する感覚がとても気持ちがいいんです。馬車も前から後ろからくるので(+ところどころある馬の💩で)娘も大興奮でした😄

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街に帰ってきました。ホーエンシュヴァンガウ城も綺麗に見えます。

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ここで午後1時。アルプ湖の辺りでお昼ご飯休憩!と行きたかったのですが、お弁当は車の中・・・お菓子で我慢しました💧

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ヴィース教会 (所要時間1時間)

午後1時半、ノイシュバンシュタイン城を後にして、30分ほど来た道を戻り、ヴィース教会に向かいます。

ここの駐車場は2時間まで2ユーロ。そしてヴィース教会の入場料は無料。

と、全くお金を落とさずとも拝観できるのですが、寄付によって教会の保守・運営が成り立っているため、感謝の気持ちを込めて、必ずロウソクを買ったり、数ユーロ寄付したりするようにしています。たぶん皆さんがいらっしゃっても、そのように感じる(た)のではないでしょうか⛪️

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帰路

15時には帰路につきました。

帰りはいつも120-130km/h程度でのんびり運転して帰ります。2車線のアウトバーンは、走行車線は130km/h程度で流れているのですが、追越車線を140-150km/hの中途半端なスピードで走ろうものなら、後ろからトンデモなく速い車に煽られて逆に疲れるので💧 

ミュンヘン市内では若干通勤渋滞の影響を受けながらも17時過ぎには無事帰宅。

良い秋休みになりました🍂 さすがに4回目来る機会はないかな〜

以下、夏休みに行ってきたレーゲンスブルクも良かったらどうぞ。

【訪問国11:メキシコ】カンクン/ メリダ/ マヤ文明を韓国の友人家族と巡る

米国留学中に一度だけメキシコを訪れたことがあります。韓国人の友人J君家族とともにユカタン半島を周り、カリブ海マヤ文明を満喫した8日間でした。ここでは当時の旅行記を紹介するとともに、現地に行かれる方への注意事項も記載しています。

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トゥルム遺跡

 

旅行記(前半):カンクン / トゥルム遺跡

気力も体力も限界にきていた秋学期の最終日、夜7−10時のクラスで期末テストを提出し終え、5時間後の明け方3時にはLAXにいました。ふらふらしながら朝5時過ぎの飛行機に乗り、ヒューストンでは乗り換えがギリギリだったためダッシュカンクン行きのフライトに乗り換えました。睡眠をとるつもりだった機内では娘が大暴れし続け、逆に私と妻は疲弊しました。

 

やっとカンクンに着いてもレンタカーショップで出された古い車🚙を交換するための交渉に時間を取られました。1時間ほど無秩序な道路を不安の中運転し、ホテルにたどり着いたときにはもう夜で、空腹と疲れ、そして眠さで倒れそうでした。「俺は何をしにメキシコ来たんだ・・・」と本気で凹んだのを覚えています💧。そんな無茶なスタートでした。しかし、前日に到着していたJ君一家の温かい出迎えとレストランでの楽しい食事のおかげで、気も取り直し、その夜はぐっすり寝ることができたのでした。

 

その後の数日はカンクンで本当にのんびり過ごすことができました。近くのトゥルム遺跡や海洋公園にも行き、ホテルのプールではコロナビールを片手にゆっくりもしました。青い遠浅の海で泳いだり、海でJ君の息子と魚を追いかけたり、ビーチで妻や娘と遊んだりもしました。おかげで減っていた体重も戻り、こけていた頬も治り、白かった肌も(少しは)黒くなり・・・そして笑顔を取り戻しました😊。MBAの受験を始めてから今までの約2年間で、妻ともども一番リラックスできた時間だったかもしれません。

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旅行記(後半):メリダ観光 / チチェンイツァ / セノーテ・イキルでのダイブ

その後、ユカタン州の州都メリダを訪問しました。J君一家と高速を160km/h程度でかっ飛ばし続けましたが、メリダ市内に着いたのは夕方でした。2007年当時、グーグルマップはメキシコ未対応であり、また空港やホテルで入手できたのも大まかな地図のみでしたので、住所の番地と勘を頼りにホテルを探しました。標識も必要な数はなく、あったとしてもスペイン語だったので、大変苦労してたどり着いたのを覚えています。。

街は小ぢんまりしていて道は狭く、時間帯が悪かったのか中心部はものすごい渋滞でした。横入りも当たり前で、クラクションもなり続ける街であり、

なんて騒々しい所に家族を連れてきてしまったんだ・・・

と少し後悔もしました。しかしその晩には、クリスマスでライトアップされた街を歩いて市内の広場に行き、夜店などが並ぶその広場で大きなクリスマスツリーを見ながら伝統舞踊・音楽などを聴いていると、市民が普通に楽しんでいる夜に溶け込んでいる感じがして、「ああやっぱり来てよかった」と思えるのでした。

 

メリダからは、セレストゥン保護区とウシュマロ遺跡に足を伸ばしました。前者は野生のフラミンゴ生息地であり、モーターボートでの1時間ツアーに参加することで、フラミンゴだけではなくワニ、白鳥、大リスなども見れるジャングルツアーを堪能できました。後者はマヤ文明の中でも変わった遺跡が見れることで有名なのですが、特に、魔法使いが丸い川石を大量に使って一日で仕上げたという説がある「魔法使いのピラミッド」が夕日に映え、とても美しかったことを覚えています。

 

その後、ジャングルのど真ん中にある巨大遺跡チチェンイツァにも一泊し、迫力あるピラミッドを堪能することができました。近くにあるセノーテ・イキルも訪れたのですが、これが大正解でした。

写真のように5mほどの高台から飛び込むことができるのですが、J君始め他の観光客も意外に飛び込めず尻込みしている人が多い中、僕はおりゃー!っと何回もダイブして、妻にもいいところを見せることができました✌️

深さは40mほどあるそうですが、冷たくて気持ちよくて、もしかしたらこの旅行1番の思い出かもしれません。

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その後、先に帰るJ君一家と別れてカンクンに戻りました。また2日ほど、美しい海で妻と娘とのんびり過ごした後、思い残すことなく帰国することができました。
 
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メキシコ方面に行かれる方への注意事項

メキシコ人は基本的には良い人だとは思うのですが、生活のためでしょうか、旅行中に小銭を巻き上げられそうになることが多かったです。

ガソリンスタンドでは、メーターをゼロに戻さず、前の車が計時したメーターの値からカウントし始め、料金を上乗せしようとする手口で、一度J君がぼったくられました。私も別のスタンドで上乗せされましたが、残余量から計算してもこの額にはならないと主張し、適正価格に戻させました。

また売店でつり銭が少なかったことがありました。しかも5回くらいです・・・。

笑顔で明るく謝る店員に、こちらも怒る気がなくなりました。メキシコはとても不思議な国でした。

 

その他の注意事項、気になったことは以下記事の後段に記載していますので、参考にしてください。

 

最後に

カリブ海マヤ文明を満喫できた8日間。「海って美しく楽しいものだったんだな」と10数年ぶりに思い出すことができました。

J君一家は本当に気さくで思いやりのある家族で、夫婦ともども気楽に楽しく過ごさせてもらいました。なかなか時間を守れない我々にも「イッチュオッケ (It's okay)」と暖かい笑顔で行動をともにしてくれたのです。

日本からはきっと行けないであろうユカタン半島を推薦し、一緒に最高の旅を作り上げてくれたJ君一家には本当に感謝の気持ちで一杯です。いつか韓国を訪問して再会したいと思っています。

 
現在、過去を振り返って訪問した国を確認中。メキシコの次に訪問した国はイギリスでした!

【訪問国10:アメリカ】ドラッカーMBA留学 / 国立公園巡り

クレアモントという穏やかで美しい南カリフォルニアの街に家族と住み、勉強にも遊びにも旅行にも一生懸命だった2年間のMBA留学は、人生の大きな分岐点となりました。ここでは、2年間の滞在で印象に残っていることをピックアップしてまとめています。

しかし思い出がいっぱい過ぎて選べない・・・ドイツもこうなるかも💧

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ドラッカーMBA:「抜群の生活環境」と「多様性に富んだ少人数クラス」

2006年2月にビジネススクールのキャンパスビジット・ツアーで初めて渡米し、アメリカ中西部と西海岸の4つの大学を訪問しました。

キャンパスビジットの目的は、実際にビジネススクールを訪問して、専攻したいクラスを体験したり、教授や在校生に話を聞いたりすることでスクールライフをイメージし、自身が行くスクールを絞り込むことです。また、僕みたいに、出願後に面接試験もセットした上で訪問し、自身を売り込んで合格を勝ち取りに行く場にもなり得ます。

 

やはりビジットして初めて気づくことは多かったです。

中西部のスクールには、冬雲に覆われた雪道をこわごわ運転して学校に行くことになりました。いずれのスクールも、アングロサクソン系が圧倒的に多く、アジア系や他の人種は明らかにマイノリティ。クラスでは英語力が劣るせいもあり日本人はほとんど発言をしていない状況でした。

一方、西海岸は真逆でした。特にロサンゼルスカウンティに属するクレアモントは2月でも昼には気温が20度近くまで上がり、短パンで歩く人もいるくらい。街にもスクールにもいろんな人種が溢れ、アジア系やらヒスパニック系やらアングロサクソン系やら多様です。街を歩いていても、人々が陽気なせいか知らない人同士でもハイ✋と挨拶が飛び交います。純和風の僕にでも容赦ないネイティブ英語が飛んでくる😆 

渡米時に娘が6ヶ月だったこともあり、妻が安心してベビーカーを押して散歩できる街、クレアモントに一気に心を奪われました。

ドラッカーMBAは留学生比率が多いメンバー構成になっていることに加えて、一クラスが15〜30人と少人数制であることも特徴です。この時、日本人を始めアジア人の先輩方が自信を持ってクラスで発言していたことはとても印象的で、僕の選択を後押ししてくれました。

まとめると、ドラッカーMBAの決め手は以下2点でした。

  1. 生活環境:気候も治安も人も良いクレアモントなら安心して勉強に専念できる
  2. 多様性&少人数制:世界の中で自分を表現することにチャレンジできる

以下の記事は、ドラッカーMBA 初日のオリエンテーションを紹介しています。

 

”8/26、ドラッカースクールのオリエンテーションが行われ、我々新入生一同は、入学前より期待していた学風を体感できる一日を過ごすことができました。それは、少人数制であるがゆえ、教授・スタッフとの距離、学生相互の距離が非常に近いこと。多様性が創られているがゆえ、互いが刺激し合い、個を尊重できる雰囲気があること。そして、ドラッカーマネジメントを継承する教授陣が学生とともに深い考察を進めること、でありました。”

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MBA受験:現地の地域特性を理解し、効率的・効果的な学校選択を

これからMBAを目指す人は、効率的・効果的な学校選択をするために、受験勉強開始前にアメリカなり欧州なり目的地の地域特性を可能な限り見ておくことをオススメします。

一般的にビジネススクールの出願は、TOEFLとGMATの持ち点をベースに、ランキングやカリキュラムの特徴などの情報で絞り込みがちで、僕も実際そうしました。ただ、先に地域特性を理解していれば、例えば最初から中西部のスクールは選択肢にいれなかった分、多様性のある西海岸(や東海岸)のスクールをもっと幅広に見れていたかもしれないとも思います。それでももちろんクレアモントを選ぶ可能性は高かったと思いますが✌️

家族同伴の方は、家族が幸せな生活を送れない限り、勉強にも集中できないことは明白なので、生活環境はとても重要です。南カリフォルニアを選んだ我が家ですら、慣れない環境で幼い娘と二人きりで長い過ごす妻にとっては、それはそれはストレスがかかるもので大変でしたから💧

 

MBAクラス:最初の6ヶ月は人生初の落ちこぼれ

2006年6月1日に家族で渡米しました。僕は渡米前日まで仕事に追われていて、機内では爆睡することになりました。ロサンゼルス国際空港に到した時、「なんかあっという間に着いたね〜」と呑気に僕が言ったそうなのですが、妻曰く、機内では生後6ヶ月の娘がずっと泣き通しで、抱っこして歩き回らざるを得ず一睡もしていなかったそうです。この話は僕の性格を説明するのに鉄板のようで、妻は今でもたまに使います😭

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MBAのクラスは、特に最初の半年が大変でした。なんと言っても言語の問題。課題で出されるリーディングの量は半端なく、僕が英文を読むのが遅いこともあり、まず準備時間が全く足りません。そして、クラスでは教授の話は聞き取れてもネイティブ同士の議論が始まるともうお手上げです。チームプロジェクトも多かったのですが、人生で初めてチームに貢献することに苦戦し、嘆いていたことを覚えています。この頃は毎日3時間くらいしか寝てなかったのではないでしょうか。

以下記事では、初期のグループPJでの奮闘を紹介しています。

 

たぶんJ君も私も、それぞれの自国では、個人として明らかにチームの足を引っ張るようなことはほとんど経験しなかったのではないだろうか。ここではそれが目の前にあった。ただ「チームに貢献する」ということがとても難しかった。

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MBA及び米国生活で得たもの

MBAクラスも生活も大変な2年間でしたが、得たものも大きかったように思います。

以下が渡米1年で得たもの、と過去の記事にはありますが、広い意味ではこういうことなのかもしれないと今でも思います。

  • グローバルスタンダードの理論・思考プロセスを学んだことで、日本社会に内在する凝り固まったプロセス、価値観、文化を冷静に見ることができる
  • 言語もバックグラウンドも価値観も異なる人々と一つのことをやり遂げる苦労を何度も経験したため、グローバルプロジェクトを推進できる
  • 言語も文化も異なるアメリカで生活することにより、日本で育った自身のスキーマが良い意味で崩れ、思考の枠組みが広がった

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国立公園巡り:グランドキャニオン / ザイオン / デスバレー / アーチーズ / ブライスキャニオン / イエローストーン / グランドティトン / ヨセミテ / エバーグレーズ / ビスケーン  (+ モニュメントバレー / アンテロープキャニオン / レイクパウエル / ホースシュー・ベンド)

MBA生は多忙とは言え学生なので、セメスター間は結構長く休むことができます。僕も妻も自然好きなので、休暇期間の多くは国立公園巡りを楽しみました。アメリカには全部で59の国立公園があるようですが、2年間で12の国立公園を巡ったようです。当時大地を延々フォードで駆け抜けていたせいか、全体の半分くらいを制覇した気でいましたが全然少なかったですね💧

心に残っているものを貼り付けておきます。

 

グランドサークル一周 卒業旅行

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イエローストーングランドティトン国立公園巡り

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グランドキャニオン / ザイオン / デスバレー国立公園巡り

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ヨセミテ国立公園巡り

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フロリダ縦断旅行

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最後に 

留学から帰国した後も、アメリカは出張で何度も訪れているのですが、クレアモントには帰国直後に一回再訪できただけで、ここ10年ほど訪れることができていません。いつか家族で再訪できた曉には、当時2歳半までプレスクールに通っていた娘に、ここが1年半頑張って通っていた場所だよと見せてあげたいと思っています。

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#このコロナ禍で多くの受験生が受験を諦めたり、現地に行ってもオンラインクラスのみで十分に海外のスクールを楽しめていなかったりするのを聞くたびに、チャレンジの機会がこんな形で奪われていくことに心がとても痛みます。もし自分があの地獄の受験を終えた後そんな理由で渡米を諦めることになっていたらやりきれないだろうなぁと思います。同じように現地で頑張っていた日本人が帰国する話も聞こえてきて悲しい限りです。早く収束しますように・・・

ちなみに今、弟がロサンゼルスに4年くらい家族で駐在しています・・・本人曰く大丈夫らしいけど#

 
現在、過去を振り返って訪問した国を確認中。アメリカの次に訪問した国はメキシコでした!

【訪問国9:カナダ】バンフ国立公園での挙式 / ナイアガラ滝 / メープル街道 / ウィスラー海外スキー

いつか子供たちと再訪したい街、バンフ。海外挙式に選んだ街なのですが、大自然の中での結婚式、国立公園ドライブは今でも最高の思い出となっています。ここでは、海外ウェディングツアーの概要とスケジュール、そしてその準備の大変さを紹介するとともに、ウィスラーでの海外スキーについても触れています。

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決め手は、大自然・アクセス・費用・初訪

当時、結婚式をどこで行うか検討していた僕らは、お互いの両親が大の自然好きということから、スイス、カナダ、ニュージーランドを候補に挙げていたのだが;

まず、両親の費用は負担する!と決め込んでいたため、フライトからホテル、現地費用まで全てが高額なスイス旅行はまたの機会に譲ることに💧
(昨年、念願叶ってドイツ・スイスに僕の両親を招くことができた!)

そして、妻の両親が数年前に訪れたことがあるというニュージーランドも除外され、カナダに決まった。

2年前に僕が訪れ大好きになったニュージーランドには、今でも妻をを連れて行きたい国No.1かも)

僕は半年前にバンクーバーやヴィクトリア、ウィスラーを訪れ、その美しさも知っていたが、今度はカナディアンロッキーやそれ以東にも足を伸ばしたかった。ワタベウェディングに相談に行くと、なんと山小屋のような教会(Banff's Full Gospel Churchがあるではないか!二人で心が躍り、迷わずここに決定!!

(Banff's Full Gospel Churchより)

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Facebook page: https://www.facebook.com/banfffullgospelchurch/

今はワタベウェディングは扱っておらず、アリスウェディングが取り扱っている模様→ここ

 

新郎というよりツアーコンダクター(スケジュール公開)

式場が決まったことでプランニングを開始したわけだが、全12名と小ぢんまりした団体であったにも関わらず、とにかく大変の一言・・・

挙式の日だけはワタベがホテルからの送迎、挙式、昼食&シャンペン、撮影スポットへの移動、写真撮影などサポートしてくれたのだが、ツアーコンダクターなど雇っているわけではないため、それ以外の日は基本的に僕らが全て手配しないといけなかった。

フライトやホテル、レンタカーの予約はもちろん、現地での移動、食事など僕らが全て決めて仕切らなければならない。相手のご両親もいらっしゃる手前、ドタバタする姿を見せれるはずもなく、周到なプランニングが必要だと自分で強く思い込み、まるで業務での任務を遂行するかのように必死になって準備したのを覚えている💧

更に気を遣ったのは、当たり前といえば当たり前だが、(両親以外)みんな簡単に仕事を休める状況になく、一名はロンドンから駆けつけたりと、フライトも出入国タイミングもバラバラであったことだ。

もしハワイやグアムなどのリゾート婚🏝であれば、少なくとも兄弟家族は現地集合・現地解散としてそれぞれビーチでのんびりしてもらえば良かったのかもしれないが、いかんせん選んだのは壮大なロッキー山脈。みんなで一緒に行動し、一緒に国立公園を巡るしかない

そして予想通りではあったが、現地ではまるでツアーコンダクターかのような働きをすることとなった。当時はまだ英語も十分に使いこなせなかったこともあり、心身ともに相当キツかった。ただ、最終的には参加していた皆さんにも、大自然の雰囲気にも助けられ、心温まる式を恙無く終え、また皆が満足いく旅を実現することができ、ホッと胸を撫で下ろしたことを覚えている。

当時のスケジュール概要が残っていたので、参考までに貼り付けておこうと思う。

(観光候補先など全てWebで調べて事前にシミュレーションしていた気もするが、データが見つからない😢)

ここをクリックするとGoogle Spreadsheetに飛びます

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カナディアンロッキーバンフ国立公園ドライブ

観光のメインパートは何と言ってもカナディアンロッキーバンフ国立公園のドライブだった。バンフから片道2時間、1号と93号を北上するドライブだったが、目的地だけでなくその走っている間の景色含めて圧倒されることとなった。季節も初秋で山々がまだ緑一色だったこともあり、迫力があったのであろう。

一番印象に残っているのはモレーン湖の青さだろうか。これは本当に凄すぎた・・・

 

レイクルイーズ(ちなみにトップ画像もレイクルイーズです)

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モレーン

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コロンビア大氷原

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ナイアガラの滝からメープル街道を進みオタワへ

12名中8名がバンフを最後に帰国したのだが、その後、時間的に融通が利いた僕らと僕の両親だけはトロントへ飛んだ。次の目的地、ナイアガラの滝を見るためだ。

ここからは一気に気が楽になったのを覚えている。なにせ車一台で自分の親を連れて回るだけでいいのだから!

 

遊覧船で滝のそばへ、そして徒歩で滝の裏へも、カッパを着て挑む!

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引き込まれそうな勢いに本気で焦る💧

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その後、トロントで僕の両親を見送り、二人だけとなった僕らは、東へ東へとドライブを続ける。この頃には丁度紅葉が始まり、キングストン・オタワ間のメープル街道がなんとも言えない美しさで、なんども車を止め、写真をとり、落ち葉を拾った。このとき拾ったメープルリーフの押し花🍁は今でも大切な思い出として家のリビングに飾ってある。

 

秋のオタワはこんな感じでとても美しかった

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最終日、のんびりトロント観光をしていたこともあり、空港に着いたのがギリギリで、なんとチェックインを断られることとなった。

「いま丁度2時間前を切ったので明日の便にしてください」と…

「いやいや、前のおじさんが10分以上話していたからで、実際2時間前より前に並んでいたんだけど」

という交渉も全く受け入れられず、結局、一人2万円くらい追加料金を支払って、翌日早朝便とせざるを得なかった。いわゆるネムーンの最終日を、空港の椅子で二人寝ることになった人もそうはいるまい。

 

最後に

大変ではあったけど、それも相まって最高の3週間を過ごせたと思う。一緒に同行してくれたみんなに感謝だ。そして、今から思えば、よくそれだけの期間、会社を休ませてくれたなぁと当時の上司にも感謝しかない。

あまりにもバンフが美しかったので、10年後に家族を連れて再訪しようと話していたのだが、米国やら東南アジアやらドイツやら転々としているうちに、それ以上の時が経ってしまった。なんとか子どもが独立するまでに一緒に訪れられないか、当時の話を子供にいっぱいできるのだけど。

 

おまけ:ウィスラーでの海外スキー

カナダ最初の訪問は、2004年3月に会社同期G君とウィスラーに行ったときだった。この時、バンクーバーで咲く桜を見たり、ヴィクトリアに車ごと船で渡りブッチャート・ガーデンブリティッシュコロンビア州議事堂などを訪問し、なんて美しい国なんだと驚いたのを覚えている。

2007年に米国在住の際も、シアトル観光と組み合わせて、ヴィクトリアを再訪し、妻にブッチャート・ガーデンの美しさを見せることができたのは本当に良かった。

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現在、過去を振り返って訪問した国を確認中。カナダの次に訪問した国はアメリカでした!

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